英フィナンシャル・タイムズ(FT)が2026年6月27日、「アップルが、米国の制裁対象とされる中国企業からメモリチップを買おうとしている」と報じ、話題になっています。アップルはトランプ政権に対し、その購入の"お墨付き"を求めている——というのです。
一見すると「あのアップルが、わざわざ制裁リストの中国企業から?」と驚く話です。ですが、出てきた断片を鵜呑みにせず、一次情報や信頼できる二次情報にあたって整理していくと、①AIが従来型メモリの供給を「食って」価格が歴史的に高騰している、②そのしわ寄せでアップルが値上げに追い込まれている、③だから"買いにくい"はずの中国勢にまで調達先を広げようとしている——という、きれいな因果の連鎖が見えてきます。
さらに、見出しの「ブラックリスト」という言葉にも注意が要ります。実は「アップルがCXMTから買うこと自体は、現時点で直接禁止されているわけではない」という、"2つの制裁リスト"のねじれがこの話の核心です。順番にほどいていきます。
何が報じられたのか(事実の整理)
報道の柱を、確認できた範囲で整理します。
| 論点 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 相手企業 | 中国最大のDRAMメーカー CXMT(長鑫存儲 / ChangXin Memory)。安徽省・合肥拠点 | Bloomberg 2026-06-27 |
| アップルの動き | 商務省などトランプ政権に、CXMTからのメモリ調達の承認と、CXMTを商務省リストに「追加しない」保証を求めて働きかけ | Engadget / Fortune 2026-06-27 |
| 既存の調達先 | マイクロン(米)、サムスン、SKハイニックス(韓) | Engadget 2026-06-27 |
| 政治的な反発 | 米下院・対中特別委員長が「中国の軍事企業との提携は重大な誤り」と反対の意向 | Engadget 2026-06-27 |
なお「どの製品の・どの種類のメモリか(iPhone向けのLPDDRか等)」までは、現時点の二次報道では特定できていません。本記事では「従来型メモリ全般」として扱い、断定は避けます。
- 1AI需要でHBMが急拡大利益率が高くデータセンター向けに殺到
- 2大手3社がHBMへ能力シフトサムスン・SKハイニックス・マイクロン
- 3従来型DRAM/LPDDRが品薄スマホ・PC向けの供給が奪われる
- 4メモリ価格が歴史的高騰契約DRAMがQ1約+90%・Q2約+60%(TrendForce)
- 5🛡 アップルが調達先を多様化制裁リスト企業CXMTにまで打診(FT報道)
なぜ今アップルが動くのか——AIに"食われた"DRAM
背景にあるのは、メモリ価格の歴史的な高騰です。原因はシンプルで、AI向けの「HBM(高帯域メモリ)」が、スマホやPCに使う従来型DRAMの生産能力を奪っていることにあります。
HBMはAIデータセンター向けに需要が爆発しており、利益率も従来型DRAMよりはるかに高いとされます。そのため大手3社(サムスン・SKハイニックス・マイクロン)はこぞって生産能力をHBMに振り向け、結果として残った従来型DRAM/LPDDRが品薄になりました。
| 指標 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 契約DRAM価格(2026年Q1) | 前期比 約+90% | TrendForce 2026-05-18 |
| 契約DRAM価格(2026年Q2) | 前期比 さらに約+60% | TrendForce 2026-05-18 |
| DDR5メモリ(市販) | 2025年比 約3.5〜4倍 | SoftwareSeni 2026 |
| HBMがDRAMウェハ生産に占める比率 | 約23%(2025年の約19%から上昇) | tech-insider.org 2026 |
| iPhone上位機の12GB DRAM部材コスト(試算) | 約**$39 → 約$145** | TechInsights試算(Business Model Analyst 2026) |
このコスト増を受けて、アップルは2026年6月25日、Mac・iPad・Apple TV・HomePod・Vision Proなど、ほぼ全ハードのラインを"スペック据え置きのまま"値上げしました(iPhoneの価格は据え置き)。メモリ価格の上昇が、消費者向け製品の値札に直接届き始めた——というのが今の局面です(出典: Engadget 2026-06-27、Business Model Analyst 2026)。
相手は誰か——中国最大のDRAMメーカーCXMT
CXMT(長鑫存儲)は、中国最大のDRAMメーカーで、世界では4番手前後とされます。市場シェアの推計はソースによって幅がありますが、おおむね世界供給の4〜5%程度という見方が多いです(installed capacityベースではより高い推計もあり、数字は割れます。出典: 各種業界推計)。
近年はDDR5やLPDDR5Xの自国産モジュールを公開するなど技術的に追い上げており、低コストの挑戦者として存在感を増しています。一方で、(a) 知的財産を巡る懸念(マイクロンは自社特許の侵害可能性を指摘してきた経緯があり、CXMTはRambusやPolaris等からのライセンスで「クリーンだ」と反論)、(b) 米政府による安全保障上の警戒——という2つの論点を抱えています(出典: Tom's Hardware、DigiTimes)。
"ブラックリスト"の正体——2つのリストのねじれ
ここがこの話のいちばん面白い部分です。「ブラックリスト」と一口に言っても、米国には性格の違う2つのリストがあり、CXMTが載っているのは主に前者です。
| リスト | 性格 | CXMTへの効果 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 国防総省「中国軍事企業(1260H)」リスト | 米政府の調達を縛る(民間の購入を直接は禁じない) | 国防総省の調達禁止が2026-06-30、製品禁止が2027-06-30に段階発効 | WilmerHale 2026-06-11 |
| 商務省「エンティティリスト」 | 取引制限の本丸。listed企業へ米国原産品を売るのを許可制にする | CXMTは現時点で正式掲載されていない(追加観測は出ている) | BIS / Mayer Brown |
ポイントは2つです。第一に、エンティティリストが縛るのは原則「listed企業に売る」行為であって、「listed企業から買う」行為ではありません。第二に、CXMTがいま載っているのは主に国防総省の1260Hリストで、これは米政府の調達を縛るもの。つまり「アップルがCXMTから買う」こと自体は、現時点で法律上直接禁じられているわけではないのです。
ではアップルは何を求めているのか。報道を総合すると、アップルの懸念は「今買えるか」よりも「将来、CXMTが商務省エンティティリストに追加されて、取引が突然壊れる/自社の評判が傷つく」リスクにあります。だからこそ、政権に「追加しない保証」を求めている、という構図です(出典: Fortune 2026-06-27、WilmerHale)。なお、CXMTの1260H掲載状況については「除外」「再掲載」と報道が錯綜しており、最新の正式ステータスは要確認です。
メモリ大手3社と市場の見方(両論併記)
DRAMの世界供給の95%超を握るのが、サムスン(韓・005930)、SKハイニックス(韓・000660)、マイクロン(米・NASDAQ: MU)の3社です。AIメモリ需要を追い風に、各社は記録的な決算を出しています(例: TrendForceはサムスンのメモリ平均単価が2025年通年平均比+146%、SKハイニックスのDRAM単価が前期比mid-60%上昇と報告。出典: TrendForce 2026-05-18)。
この発表をどう読むかは、強気・慎重で割れています(いずれも各社・各社の見方であり、StockCodeの売買推奨ではありません)。
- 強気(メモリ・スーパーサイクル論): モルガン・スタンレーは、AIメモリ需要を背景に好況が2027年まで続くとの見方を示し、かつての「メモリ・ウィンター」論から強気に転換したと報じられています(出典: Morgan Stanleyの見方/二次集計, 2026)。
- 慎重①(CXMTの脅威は限定的): 24/7 Wall St.は「マイクロンは心配無用」と論じ、CXMTの規模と従来型DRAM中心の事業構成では、HBMで稼ぐ大手3社の値付け力を脅かすには至らないと指摘します(出典: 24/7 Wall St. 2026-06-27)。
- 慎重②(中長期の供給過剰リスク): 3社同時の能力拡張が2027〜2028年に新工場として立ち上がると、供給過剰に振れて単価・利益率がピークアウトする、という古典的な半導体サイクルのリスクも指摘されています(出典: 業界各種)。
なお、「アップルや他の欧米メーカーがCXMTを大規模に採用すれば、低コストの中国製DRAMが従来型メモリの値付けの上限になりうる」という"圧力シナリオ"も語られますが、現時点で著名アナリストが短期の業績影響を定量化したものは確認できておらず、まだ概念的な議論にとどまります。
まとめ
- FTは「アップルが米制裁対象とされる中国CXMTからメモリを買おうと、政権の承認を求めている」と報道。相手は中国最大のDRAMメーカーで、調達先の多様化が狙いとされる。
- 直接の引き金は、AI向けHBMが大手3社の能力を吸い上げ、従来型DRAMが品薄→価格が歴史的に高騰したこと。契約DRAMは2026年Q1に前期比約+90%、Q2にさらに約+60%(TrendForce)。アップルは6月25日にMac等を値上げした。
- "ブラックリスト"は1つではない。CXMTが載るのは主に国防総省の1260H(米政府の調達を縛る)で、商務省エンティティリスト(取引の本丸)には現時点で正式掲載されていない。「買う」こと自体は直接禁止ではなく、アップルは"将来追加されない保証"を求めているとされる。
- メモリ大手3社は記録的決算。強気(スーパーサイクル継続)と慎重(CXMTの脅威は限定的/中長期の供給過剰)の両論があり、StockCodeは将来の株価や「買い時」を予測しない。
本記事は情報提供のみを目的としたものであり、特定の証券の購入・売却を推奨するものではありません。記載の数値・見解は各出典の公表時点のものであり、将来の株価や業績を保証するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。
- 見出しの“ブラックリスト”は1種類ではない。CXMTが載るのは主に国防総省1260H(政府調達を縛る)で、取引の本丸=商務省エンティティリストには現時点で正式未掲載。
- だから「アップルがCXMTから買う」こと自体は直接禁止ではなく、論点は“将来追加されない保証”をどう取り付けるか。
- 根っこにあるのはAIメモリの逼迫。投資の論点は“中国勢の参入”より、まず“HBMが従来DRAMを奪う構図がいつまで続くか”。買い時や将来価格は予測できない。
